2021.11.30
「自分に嘘をつかない」

 片山 やよい

骨盤エクササイズ インストラクター
NPO法人「美えな塾」代表理事

1970年生まれ/山形市出身
約15年間に、延べ6万人への骨盤エクササイズを指導。「心身を整える骨盤体操の指導」「女性自らが身体の正しい知識を身につける場の提供」を2つを軸に、骨盤の重要性についての啓蒙を広げるため、2014年NPO法人「美えな塾」を設立。
著書に「やせなくても美人になれる~くびれの魔法~」(cccメディアハウス)がある。

得意なこと…子育て
苦手なこと…片付け

NPO法人「美えな塾」

「やせなくても美人になれる~くびれの魔法~」
(cccメディアハウス)

― 今のお仕事、自己紹介をお願いできますか?

NPO 法人「美えな塾」の代表をやっている片山弥生です。

美えな塾ではメインは産前産後の女性の体のメンテナンス。それから心身のケアってことで始まったんですけど、今は育児支援の方もやってます。

職業としては、骨盤体操のインストラクター。ヨガとかのインストラクターをやってます。今はコロナ禍なので、リアルの場が本当に少なくなっちゃったんですけどね。

リアルではカルチャーセンターは埼玉県内ではやってるんですけれども、他はオンラインでエクササイズを提供してるって感じになります。

― お客さまは産前産後の若いママたちが多いですか?

骨盤エクササイズの生徒さんって考えると、自分たち世代、40代以降。60代70代ぐらいが実は多いです。

― やよいさんが、骨盤エクササイズを始めたきっかけは?

たまたま出会ったのが骨盤エクササイズだったんですよね。

私が産後、ぎっくり腰になっちゃったりとか、体が結構きつかったのと、すごく歩き方がヘンって、いろんな人に言われてたんですよ。

「おばあちゃんみたいな歩き方するね」「すごいもったいないね」って言われて。でもそれはしょうがないなぁ、くせだと思って、治んないなと思ってたんですけど。

たまたま知り合いの方が近くで骨盤体操やってるって言って。腰痛がなくなるんだったらいいかなと思って通い始めたのが一番最初のきっかけではあったんですよね。

一回行っただけで足の付け根がね、きゅって細くなったのが分かったんですよ。「え?なんだろうっ、これ」と思って。

その日からぎっくり腰が一回もないんです。今まで一回もなくて。腰痛で病院に行くってこともほとんどなくて。歩き方とかもすごく変わったんですよ。

歩き方がね。私、ものすごく内またでぺたぺた歩く人だったんですけど、それがちゃんとまっすぐ歩けるようになったので。あぁ、変わるんだって。

― その後、子供たちの体にも問題がでていると気がついたとか?

体育する時に膝を抱えて座ること(いわゆる「体操座り」)が出来なくて、膝の裏側を手を引っ掛けて座る。そうすると背中がすごく丸くなった状態で座る。

でも私達が小さい時ってこうやって座ったかなって思うんですけど。なんでそれが今の子にはできないのかなっていう疑問があってね。

子供達を見てるとすごく猫背が多いな~とか。その座り方がゲームをしながら寄りかかってたりとか。

とにかく何をするにも寄りかかるって言う姿勢がすごく多いんだなと思って、それが気になりだして。

その頃、小学生での腰痛が増えてきたって言うんです。小学生で腰痛って昔はなかったと思うんですけども。どんどん体って変化してきてるんだなーっていうのがわかって。

― マタニティの現場では?

産婦人科でマタニティのクラスを持った時に、いろいろやっぱり産前産後のことを耳にするようになるじゃないですか。直感でその時に「あっ、日本人が生まれなくなっちゃうかも」と思ったんですよ。

赤ちゃんがもう出来にくくなっちゃってて、不妊外来がめちゃくちゃ増えてる。やっと妊娠しても40週、お腹の中に入れておけないお母さんが増えてきた。

結構大きい病院とか総合病院とかの助産師さんの話を聞くと「今週一週間で正常分娩1件だけでした」とか言うんですよ。あとは何らかの介助が必要。鉗子分娩だったり吸引だったり、帝王切開だったり。

何かしらの介助が必要な人がほとんどだって聞いた時に普通って言う事が普通じゃなくなってる。そういう事をたぶん知らないままに皆妊娠して出産を迎える。

本当は体の準備をしていたら、切らなくて良かったかもしれないとか。もっと痛みが少なく出産を迎えられる人がいたかもしれないとか思った時にね。体の準備って必要だし、知っておいたほうがいいわけで。

産前産後の傷の痛みだったりね、体があちこち痛かったりとかする痛みをなるべく早く取り除いてあげたほうが、その後の育児が楽になる。

自分の体が楽だと育児も楽になってくるので。そこが楽しく過ごせたらいいなって、すごく思ったんですよね。

― 生徒さんから相談されるのは体のことだけですか?

そうですね、最初はちょっと言いにくい尿漏れだったり。体の話だったりもするんですけどね。

だんだん体がほぐれてくると「あ、この人に話してもいいのかな」と思ってくれるのか、旦那さんとの関係だったり、なんかこう本当はもっと家事を手伝ってほしいとか、同じ当事者として一緒に子育てしてほしいけどそれが望めないと思うとか。相談を受けていると、だんだん(自分の気持ちを)吐露し始めたり…。

本当は内側にいろんな気持ちをため込んでいて、でも目の前に赤ちゃんがいるので一生懸命頑張んなきゃみたいな感じのママが多いのかな。

でも自分もそうだったもんね。それが解放できるような場ができたらいいなと思ってます。

― 「美えな塾」以前はどんなお仕事をされていたのですか?

短大を卒業してからは富士通のSE会社に入って、そこで事務をやってたんですけど。本当に腰掛けです(笑)

結婚するまで4年ぐらいだったと思うんですけどね。結婚して辞めて、しばらく専業主婦で。バイトとかは歯医者さんで受付やったりしてましたけども。

子供が生まれてからはネットワークビジネスとか誘われて、その営業をやったりしてましたね。営業でも結構いい成績で…自分が仕入れた分は全部売るみたいな(笑)

子育てしながら営業というのが一番つらかったですね。

働ける準備が整ってないというか、保育園に預けられてるわけじゃなかったので、急遽預け先を探してとかシッターさんにお願いをしてとかだったのでね。そこが一番大変だったかなと思います。

― ご自身の子育て時代を振り返ってみると?

妊娠中はうれしいじゃないですか、赤ちゃんが生まれるって。

でも故郷を離れていたので友達も近くにいるわけじゃなくて、結構孤独な主婦だったんです。誰も遊んでくれる人がいない。

ちょっとランチ行こうっていう友達もいない中で仕事はしてきましたけど。そんなに急に仲がいい友達ができるわけでもないし。

じゃ子供ができたら環境が変わるかなって。やっと子供が出来て、ウキウキしてね。出産を迎えるわけなんですけど。出産までしか頭になかったですよね、最初の子の時は。

生まれた瞬間から自分の時間が皆無になって。眠れないし、あ~、こんなに辛いんだっていう現実。

それから私がちょっとでも怠けたら、この子死んじゃうかもしれないっていう、その命に対する責任の重大さみたいなのを感じてちょっと鬱っぽくなってしまったりとか。

あと頼る人がいない。両親が結構年老いてからの子供なので、両親を頼れない。それから実家が山形で帰り辛いというのがあって、自分でやらないはいけないんだけれども、ちょうどその頃主人の仕事が出張が多くてですね。ひどい時は月に2回ぐらいしか家に帰ってこないんですよ。

いま、これワンオペっていうんだ!って思いますけど(笑)

本当に一人でやっていたので、旦那さんが帰ってきて「今日こういうことがあったの」っていうのもないんですよね。

赤ちゃんって喋らないから一言も喋らずに一日が終わっていくわけですよね。本当に気がおかしくなりそうな感じでしたね。

なんか、ほら。イメージ的にね、子供が生まれたら幸せなんだろうとか思ってたのが全く違ったので、すごく孤独しか感じないみたいな子育て時期だったので…。

― インストラクターを経て独立。「美えな塾」立ち上げのきっかけは?

本当に少しずつだったんですけれど、通いだしていた時の代表をやっている方に、生徒じゃなくて手伝ってほしいという声をかけていただいて。インストクターになるっていう気はあまりなかったんですけどね。

自分が動くことでね、自分も変わるし、それが仕事になったら素敵なんだろうなと思って。そのままやらせてもらうことになって。

そこで頑張ってたんですけど…。そこがちょっとセレブ系だったんです。

六本木とか表参道でクラスがあって、来られる主婦の方は結構お金持ちの方だったりとか、もちろん芸能人の方もいらっしゃってましたし。

そうすると何かこう、私がその頃に産婦人科で運動提供するようになった時、この情報は、もっといろんな人が知ればいいのになあとか、いろんな人がやれればいいのになーっていうのがあって。限られた人だけじゃなくて。

自治体でこういうことをやってくれればいいのになって。だんだん思うようになってきたんです。気軽に誰でも受けられるシステムってないかな~とかって私は思っていて。

だけれども、その会社的にはそのセレブ系でいきたいというのがあったので。じゃあ独立かなっていう感じで独立しました。

― 独立の時、不安はなかったですか?

そりゃあ、もう勇気いりましたよ。普通にはできないですよ(笑)

毎日インストラクターの仕事がずっとあるので準備もできなければ、もう無理だと思いましたよね。

頭では思っていても、そんなことできないだろうなっていうのがあったけれども…。堀場さんが、背中を押してくれたというか(笑)。

「やよいさんのやってることは、ほんとうにやった方がいいと思う」って言ってくれたおかげで、書類の大変なところはもうひとりの富田さんがやってくれたりして、あれがなかったら、私やっていませんでしたよ~、ほんとうに。

― 独立後、大変だったことは?

とにかく辞めたくなるんですよ(笑)

自分で自分の足をひっぱるんだなってすごく思ったんですけど。

NPO 法人っていう形で立ち上げたので、こんなに書類が膨大で毎年毎年報告書と決算書を公開しなければいけない。それが一番。最初はもう泣きながら書類を作っていたような感じでしたね。

インストラクターの時は、こんなに大変だなんて想像していなかった。立ち上げの時だけで済む問題じゃなかったなって。毎年、報告書とか出さなきゃいけないんだっていうのがあって。

本当に私、 NPO 法人がどういうものなのかとか一般社団法人がどういうものなのかとか全然わからないで、「自治体と一緒にやりたいな」って気持ちで NPO 法人がいいんじゃないっていう形でやったので、それがどういう形態なのかってのが分かってなかったんですよね。

本当にやりながらなので。でもやりながらやっていくと、こうやって徐々に信用を得ていくんだなぁとか。やり続けてると見ててくれる人は見ててくれるんだなーっていう感覚はすごく最近は思いますね 。

― 徐々に自治体からのオファーも増えていって?

ありがたいことにね。自治体といえども知り合いがそこにいると気軽に声かけていただいたりとかっていうのはもちろんあるんですけども。

NPOを立ち上げることを応援してくれる、その地域のサポートセンターみたいなのがあるんですよね。

そうするとその立ち上げの時から知ってくれているので、こういうことをやりませんかっていうのを投げてくださるんですよね。

それから最初は会計は自分でと思ってたけど、やっぱり大変なので行政書士の方だったりとか、地域のそういうところに相談すると、そういう方が紹介して下さる。こうゆうのがありますよって。じゃあ、そこで講座をやりましょうって。

何回か積み重ねていくうちに今度は男女共同参画のところでイベントをやりましたとかって。ひとつひとつが多分信用がつながっていったんじゃないかなぁと思うんですよね。

― スタッフはいらっしゃるのですか?

ひとりで始めたことなのに7年。スタッフはママ友が事務のことはちょっと手伝えるよと言って手伝ってくれたりね。今も手伝ってくれてますけど。あとは生徒さんや元生徒さん。

「やよい先生のやりたかったことを近くで応援したいです」って言ってくれる人がいて。「やれることがあったら、なんでもやります」って。ありがたいですよね。

― 骨盤体操からだんだん発展して、いま子育て相談もなさっている?

そうなんですよね。今はオンラインで。

たとえば、引っ越しちゃって遠方にいる人とかでも、今はオンラインでつながることができるので。私も経験があるのだけれど、初めての土地だとやっぱり友達もいないし喋る人がいない。孤独になっちゃうっていうのもあったので。

最初は「やよい塾」とかっていう名前にして、「今、何を思っている?」とか「何か気になることある?」とかって、みんなでシェアし合って、そのシェアについて私が答えるんじゃなくてみんなが答えていくんですよ。

ちょっとこういうことで悩んでるんだけれどもと誰かが言ったとしたら、他の人がみんなその人の言ったことに対して自分が思うことを言っていくんですね。
それを一人ずつやるって言う事を始めたんですよ。

私は子育ての経験上、「こういう風なことがあってすごいよかったよ」とか、自分のあり方を同じことが過去にあったなぁと思ったらその時に「自分もそう思ったよ」みたいなことを言うのを繰り返してたんですね。

この間参加してくれる人に言ったら、「もう2年なんですね「やよい塾」が始まって」と言われたんですね。あぁ、もうそんなに経ったんだと思って。

私だけが話してるわけじゃないので、今は「自分軸をつくるためのセルフコミュニケーション」っていう名前に変えて、参加をちょっとずつ、今募ってるんですけど。

まぁ自己開示率がすごくて。みんな結構自分のことをあからさまに話してくれます。旦那の悪口とか(笑)

― 「やよい塾」がママたちの語り場になっているとうことですね?

今日誰かが言ってくれるたのが、「はじめまして」だから言えるって。逆にママ友だと言えない。ご近所でしょっちゅう会う人に「あの旦那さんそうなんだ」と思われたらいやだなとかね。

子供のこととかも言えないけれども初めましての人で思い切って言ってみましたって。

例えば「就学時前の検診で発達障害が見つかっちゃったんです」っていうのもね。結構、みんなすぐ言うんですよ。

そうすると、ちょっと上の先輩のママが「うちの子の発達障害は実は中学になってから見つかった。今見つかって良かったね」っていう意見が入るんですよ。

私も小さい時にわかってたらもっと何かしてあげられたって。

この幼稚園ママは見つかったこと自体で落ち込んでるんです。でも、こうしていろんな価値観が入るんです。今見つかって良かったんだっていう。

そういう視点が生まれるので、もういろんな人のステージの目線が入っていろんな価値感を交換できるような場になってるので、すごくいいないいなと思ってるんです。

― 二人のお子さんを育て上げた、やよい流子育てで、大切にしてきたことはありますか?

何かダメなところ、例えば、「勉強ができません」それから「かけっこでビリッケツになりました」みたいなこと、かっこ悪いところを私に隠すようになったら、私は親として終わりだなと思ってはいました。

ダメなところを普通に私に話をしてくれる私じゃなかったらダメだなって、昔から思ってたんですよ。だからどんなにダメなことがあっても、あ、そうなのねってずっと聞いてたんです(笑)

そんなにダメなことをダメと思わない子に育ったんじゃないかなあと思います。

― 毎日忙しい中、やよいさんのリフレッシュ法&ルーチンにしていることを教えてください。

自分がいっぱいいっぱいだなと思う時のバロメータがね。

料理を作るのが好きなので食事を作りたくないって思った瞬間に私もあぁ、きちゃってるなーって思うので、その時は自然に触れたい。

やっぱり自然に触れなきゃなっていうのはすごい思います。例えば海に入って、できれば足をつけたい。山に行って木を触りたい。それができなくても近所の公園に行って風に吹かれるだけでも。

我が家には屋上があるので、屋上へ行って一人でぼーっとするだけでもいいので、なんかこう、風を感じる場所とか光を感じる場所とか。

自然に触れるということをやると、リフレッシュするかなと思います。

必ず毎日やるのは、コーヒーを淹れること。それからお花に水をあげることは必ずやっています。

― 「美えな」の名前に託した思いは?

最初に言ったんですけど、子供が生まれなくなっているというのを感じていて。そこを私がサポートできるとしたらフィジカル面でしかサポートできない。メンタル面じゃなくて。

と思った時に女の人の子宮、そこをきれいにする、美しくあること。自分が美しくあるために何か発信ができたらいいなと思ってたんですね。

名前を考えて「美しい子宮をつくる会」(笑)みたいなのも色々考えたんですけど。

日本語の古語で「えな」っていうのが胎児を包む膜だってことを知って、すごくいいかもしれないと。

でもなんか子宮ってついちゃうとちょっと敬遠しちゃう方もいるかなっていうのがあったので、「美えな」だったらちょっといいかなーっていう感じがしてつけました。

― 今後目指すところは?

みんながそれぞれの生きてるフィールドで、自分らしく幸せに暮らしていくっていうのができたら、もうそれでオッケーだと思ってるんですよね。多分それのツールがエクササイズだったりしてるだけなんじゃないかなと思ってて。

自分の職業がインストラクターでもあるんだけど、それだけじゃないんだろうなっていうのは自分で感じています。

最近お話会みたいなことをやっていて、みんながそれぞれ自分の課題とか、光みたいなところに気が付いて行った時に、すごい嬉しかったんですね自分が。

だからそういうきっかけ作りみたいなのを、どういう形でもいいから、お話し会でも体を動かすことでも。何かその人が自分らしく生きられるためのきっかけになったらいいなと思って。多分ずっと模索しながら進んでいくんじゃないかなと思っています。

― 最後に、お聞かせください。やよいさんにとって、「みずのたま」。大切に抱き続けてきたことはなんでしょう?

「自分に嘘をつかないこと」

嘘をつかないこと、自分に。人に嘘つくことなんて大したことないと思ってるんです、実は。

多分前職を辞めたりしたことも。苦しくなってくるんです。自分がそう思ってないのに、そうやらなきゃいけないっていう組織に入っていると。自分がとても苦しくなってしまう。

だから自分が本当はこうやりたいと思ったことに対して、嘘つきたくないなぁみたいなのは思っています。

自分に嘘をつかない。人についてもいいってわけではないと思いますけど(笑)

――ありがとうございました!

片山やよい ほっとメッセージ連載コラム 

https://column.ima-coco.jp/category/yayoistyle/「素のままに やよいスタイル」

ぶれない、何にたいしても。
自分の中から湧き上がるものに耳を澄ます
「自分が幸せそのもの」
「ご縁」のおかえし
死ぬ時が人生の最高峰(前編)
自分にちょうどいい感覚を分かち合う
私、いつも笑ってる
今を。一瞬、一瞬。