――こんにちは!今日の「みずのたま」は、ちょっと異色、水の研究者、加藤靖浩先生にお越しいただき、井の頭公園でお話を伺います。
では、先生。まずは自己紹介をお願いします。
私は普段は水の社会課題を解決する研究プロジェクトを推進する一方で、その研究成果や学びを子どもたちにもわかりやすく、体験しながら学べる教育コンテンツを開発・提供する会社を運営しています。
――研究者でいらっしゃって大学でも教鞭を取られ、さらに子供達の教育と、ふたつのことをなされている。そのきっけは何だったのでしょうか?
そうですね、一番はやはり大学で研究していても、すごい研究とか面白いことがなかなか世の中に伝わらない。特に「水」は、子どもたちにとっても生命や環境に関わる重要なテーマです。科学の面白さや、水にまつわる社会のつながりを知ってもらいたいなということもありまして、起業しました。
また私自身、小学生と中学生の息子がおり、そういったものに一番多感な時期なので、子どもたちと一緒に学べる場を作りたいという思いも、会社設立の大きな動機となりました。
――先生ご自身は子供時代から理科とか科学が好きなお子さんだったんですか?
そう思われがちなのですが(笑)実はそんなにめちゃくちゃ好きということでもなく。
どちらかというと、旅行が好きで、いろんな地域に行って、美味しいものを食べたり、現地の人と話したりするのが楽しかったんですよね。
そんなときにふと、山から湧いた水が川に流れて、自分の住む名古屋の平野までどうやって届いてるんだろう?って、不思議に思ったことがあって。
もともとスキーもしていたので、雪解けの水がどんなふうに生活に関わってるんだろう、って考えるようになったんです。
ちょうど僕が子どもの頃に、NHKで環境問題がよく特集されていて、食料問題や水の問題も取り上げられていた時期だったんですね。
それを見て、「そういう問題を解決することができたらいいな」と思うようになって。
たまたま、大学進学のときに、そういうテーマを学べる学部があったので、そこに進んだという感じです。
我々の地球にとって水は海水がほとんどで、地球の水をバケツ1杯に例えると、使える水っていうのはたったスプーン1杯分でしかないんですね。
だったらたくさんある海水で植物が作れれば、食料問題と水の問題、両方解決できるんじゃないかなっていう、ちょっと安直なんですけど、そんな発想で研究を始めたのが、研究者になろうとしたきっかけですね。
――加藤先生は名古屋にお住まいとのことですが、山の雪解けの水が流れてきて、肥沃な濃尾平野を作り、戦国時代には三英傑まで出していますよね?そういう歴史とも水って関わっているんでしょうか?
そうです。もともとは僕の実家の近くに豊臣秀吉や織田信長や加藤清正ゆかりの地があります。ちょうど戦国時代前後に濃尾平野に流れる三つの大きな川がたびたび氾濫していたという歴史も学びました。
一見すると災害のようにも思えますが、その氾濫によって山のミネラルが河川を通じて平野に運ばれ、肥沃な土地ができ、そこで美味しい作物が育ち、独自の食文化が育まれていったんです。それを知ったとき、「これは面白い」と思いました。
これはなんか面白そうだなって。
もともと僕は食べることが大好きだし、いろんな地域を巡って、その土地の食や文化に触れるのが好きなんですけど、食と文化、人とのつながり——そういったものを結んでいる根っこには、やっぱり“水”があるんだなと思って。
それが、水の研究につながっていったきっかけです。
――最近、研究者としての加藤先生のビックニュースがありましたね。私たちの習った理科の教科書が書き換えられるぐらいの素晴らしい論文を出されたと聞いたのですが。それはどういう内容だったのか、私にもわかるように教えていただけませんか?
はい、そうですね、最近発表した論文についてですね。
参考文献:https://doi.org/10.1002/open.202400278
今、私たちが取り組んでいるのは、「水の状態を可視化する」――つまり、水がどんなふうに振る舞っていて、どんな役割を果たしているのかを“見えるようにする”研究です。
ふだん私たちは水を当たり前にあるものとして見ていますけど、実は、何かが変化するとき――たとえば化学反応が起きたり、エネルギーが生まれたりする場面では、いつも水が重要な役割を担っているんです。
これまでは「水が背景で支えている」と思われがちだったんですが、もしかしたら、水こそが“変化を起こす中心”なのかもしれない、という視点で研究しています。
その中で注目したのが「酸化と還元」です。私たちは酸素を吸って生きているので、体の中は常に酸化が起こります。ただし、酸化しすぎると体にダメージが出るので、それを抑えるために「還元」する仕組みも必要になります。
この酸化還元を制御する物質のひとつが「グルタチオン」という体内成分です。このグルタチオンが、酸化型と還元型に変化するときに、周囲の水分子がダイナミックに動く――ということが最近わかってきました。
さらに、ただ動いているだけじゃなくて、酸化型と還元型では、水分子の“数”や“並び方”も変わるんです。それを「分光器」という、光で見る装置を使って、見えるようにしました。
さらに加えて、「分子シミュレーション」というコンピューターの計算技術を使って、水分子の動きや状態の違いを分析しました。
この2つの方法を組み合わせることで、「水が生体の中で酸化還元にどう関わっているのか」「どうやって“サビ”を防いでいるのか」を、科学的に見える化することに成功した、というのが今回の大きな成果です。
……どうですかね?ちょっと難しかったですか?(笑)
――難しいですね~(笑)。今まで私たちは酸化還元っていうと、酸化は単純に電子を奪われること。還元は電子をもらうことみたいに思ってきましたけど、どうもそれだけではない?でも、それがわかることで私たちの生活の何が変わっていくのでしょう?
もちろん「電子を奪わない」という反応の様子を見えるようにした、というのは大事な発見なんですけど、それだけじゃないんです。
例えば、日々の老化や花粉症といった症状は、体の中で炎症が起きて“酸化”が進むことで引き起こされるんです。
それを体がなんとか抑えようとする、つまり“還元”しようとする働きもあるんですけど、これまではその状態を日常的に、壊さずに(非破壊で)モニタリングするのが難しかったんですよね。
でも今回の研究では、近赤外線という、人体に無害な“赤い光”を使うことで、それが可能になってきたんです。
※2025アクアフォトミクス国際学会での登壇
じゃあ、それで何がいいかというと——たとえば体の中で酸化がどんどん進んでいくと、老化が進みますよね。
そして老化は、さまざまな病気や疾患の原因になる。
つまり、その状態になる“前段階”、つまり“予兆”を、非破壊でとらえることができるっていうのが、大きなポイントなんです。
つまり、身体の“還元状態”を日々モニタリングできるようになれば、「病気になる前に気づける」=“未病”の状態を捉えて、予防につなげることができるわけです。
もうひとつ大きいのが、これは人の体だけじゃなくて、モノづくりの現場でも同じような酸化還元反応が起きているということ。
たとえば食品を製造する過程でも、いろんな酸化還元の変化があるんですけど、そういう状態も、この“光の見える化”を使えば、非接触・非破壊でチェックできるようになるんです。
それが実現すれば、品質管理にも使えるし、製造プロセスの最適化にもつながる。これは非常に大きなブレークスルーなんです。
今回の研究で明らかになったのは、そういった変化の仕組みを“見える化”したということ。
さらにもうひとつのポイントは、非接触・非破壊・連続的にモニタリングできるということなんですね。
だから、生体に限らず、工業製品や食品の製造など、いろんな分野でこの技術が応用できる可能性がある。そこが今すごく期待されているところです。
――私の周りの人だと「ゆの里」に行っている人も多く、アクアフォトミクスという新しい科学分野については割と耳にしている人が多いのですが、先生の研究もアクアフォトミクスを使っている?
はい、その手法の一つとして使っています。
今回は、「近赤外線の分光器」を使って水の状態を“見える化”するという部分において、アクアフォトミクスの概念を取り入れています。
つまり、水の分子がどんなふうに並んでいるか、どんな状態なのかを、光を使って読み取っていくというやり方ですね。
さらに、この研究の面白いところは、もう一つの手法である分子シミュレーション――つまりコンピューターによる仮想実験ですね――この二つを**がっちゃんこ(組み合わせ)**して、水の働きや役割を深く見ていけるようになったところなんです。
――じゃあ、もしかしたら近い将来、先生の研究によって私の老化が止められる工夫が?(笑)
そうですね。もしかしたらあるかもしれないですね。
というのも、人それぞれ、普段生活している環境って違うと思うんです。
たとえば、日本の美味しいお水と、ちょっと厳しい環境のお水では、やっぱり体への影響も変わってくると思うんですよね。
今回の手法を使えば、一人ひとりに合った、カスタマイズされた“水の状態”を見える形で伝えることができるかもしれません。
それが老化の予防や、体調の管理につながっていく可能性もあるんじゃないかなと思っています。
――研究者としての加藤先生のお顔ともうひとつ。教育者としてお水の学びを分かちあうということを「加藤笑店」でなさっている。今後は具体的にどんな活動をなさっていこうとされているのでしょうか?
普段、水って「縁の下の力持ち」みたいな存在で、あまり注目されることってないんですよね。
でもさっきもお話ししたように、何かが動いたり、命がつながっていく中には、必ず“水”が関わっているんです。
だから、ふだん見過ごしているような水の存在に、もっと目を向けてほしい。
水がどれだけ大切で、私たちの生活や地球全体にどう影響を与えているのかを、もう一度しっかり考えてもらいたい。
そういう思いがあって、子どもたちのうちから水について学ぶ機会を作りたいと思ったのが、「加藤笑店」設立のきっかけです。
(田村淳のTaMaRiBaこども文化祭に出演、SDGsについて子供達と学ぶ)
私は最近、年1回、夏にザンビアに行っているんですが、子どもたちを保護する施設では、比較的整った水を使えているものの、
地域によっては、まだまだ汚れた水を飲んで生活している子どもたちがいて、実際に命を落としてしまうケースもあるんです。
だからこそ、さっき話した「水の見える化」の技術を使って、
「この水なら大丈夫」「この水は煮沸やろ過をした方がいい」などの判断を、きちんと伝えられるようにしたい。
それが教育的な意味だけでなく、子どもたち自身が自分の命や健康を守るための手段になればいいな、と思っているんです。
「加藤笑店」は、子どもたちだけでなく、大人にも水の大切さをあらためて知ってもらいたい、
そして水がいかに私たちの生活に欠かせない存在であるかを“再認識”してもらうための活動です。
(NPO法人POMk提供のからだ福笑い」を用いてザンビアの子供たちへの教育活動中)
――先生の取り組みのキーコンセプト、「Project4H」というのがあると伺っています。それを説明していただけますか?
はい。「Project 4H」という教育コンテンツを提供していまして、これは“4つのH”をキーワードにしています。
まず1つ目のHは、**Human Health(人の健康)**のH。
2つ目は、**Planetary Health(地球の健康)のH。
そしてそれらをつなぐものとして、何度も出てきたキーワードでもある水(H₂O)**のHが3つ目。
最後4つ目のHは、Hope(希望)。人や地球の健康がつながりあって、明るい未来や希望につながっていくように、という願いを込めています。
この4つのHを軸に、「Project 4H」と名付けています。
この4つのH、まさに“叡智”って感じですよね。
――お子さん達には加藤先生はどう映っているのでしょうね?
そうですね……最初は「ちょっと難しそうな人かな」って思われてるかもしれません(笑)。
でも僕自身、子どもたちと一緒に「どんなことをしたら、楽しく学びにつながるかな?」って常に考えています。
今はまだ準備中なんですが、将来的にはYouTubeなど、子どもたちがよく見るような媒体を通して、
「水ってこんなに面白いんだよ」ってことを、わかりやすく伝えていきたいと思ってるんです。
水って無色透明で見えにくいけど、その大切さをどうやって伝えるか。
子どもたちと一緒に、そういう“伝え方”そのものもつくっていけたらいいなと。
――乞うご期待!ということで(笑)。
――それは私たち大人に対しても開かれることになるんですよね?
もちろん!私たち大人にとっても、水は“生命の起源”であり、“共通の財産”(コモンズ)なんですよね。
だからこそ、「大人も子どもも一緒に学べる場」があったらいいなと思っています。
たとえば、「おとなの水の学校」みたいなものもできたら面白いですよね。
そのときは、ぜひ参加してください!
――もちろん♪ 参加します。
――最後に加藤先生が現在のこのような考え、あり方に至るまでに、ご自身の中で変わらず大切にしてきたことがあるとしたら、それを言葉にするとしたらどんなことなんでしょう。
やっぱり、「水は共通財産だ(コモンズ)」という意識ですね。
どこの国に行っても、どんな文化の中にいても、人はみんな“水”と共に生きている。
そして、世界中にいろんな人たちがいるけれど、結局は「人は人」。
人と人とのつながりの中で、私たちの生活も社会も成り立っていると思うんです。
だからこそ、ひとりひとりとの関係性をフラットに、大切にしていきたい。
もし将来、水をめぐる争いが起きるような時代が来たとしても、
最後に必要なのは“人と人とのつながり”なんじゃないかと思っています。
――水は共通財産!
関係性はどこまでもフラットでというのは、まさに水に学ぶことかもしれませんね。
研究者であり、教育者であるという加藤先生のお話。とても心に響きました!
「おとなの水の学校」ができたらすぐに参加したいです!
加藤先生、今日はありがとうございました。
聞き手:(株)プロ・アクティブ 堀場由美子
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